人には「思い出せる記憶」と「思い出せない記憶」がありますが、この違いはなんでしょうか?
記憶というのはインターネットに似た構造になっていると思うんです。
関連するサイト同士がリンクしあっているのがインターネットであり、行き着いた先が全く別のカテゴリーに属したサイトだったということもよくあることだと思います。記憶も同じように記憶と記憶同士がリンクしあって構成されているのだと思うんです。
例えば、novoの場合、好きなマンガを思い出すとき、そのマンガを貸してくれた人のことをよく思い出します。「あの人は今なにしてるんだろう?」という風に。
人は必ず眠ります。眠りには、一日に入った膨大な記憶を整理するレム睡眠と、脳を一時的に休めるノンレム睡眠の二種類があるとされていますが、レム睡眠時には時として脈絡のない意味不明な夢を見ることがあります。
それは記憶を整理するために、記憶のリンクが追加されたり、貼り直されたりして、リンクされた記憶の一部分が再生されるからだと考えます。
今回のタイトルになっている「思い出せる記憶」と「思い出せない記憶」がある理由は、結論から言えばリンク先が在るか無いかの差だと思うんです。
例えばインターネットでリンクを巡回していると、時としてページが存在しないリンクというのがあります。これは「サイトが閉鎖された」場合や、「URLが変わった」場合に発生します。
記憶の場合、先の「記憶は脳に蓄積されているのか?」でも書いたとおり、「忘れた」というのは「思い出せなくなった」だけで「記憶がなくなった」というわけではないので、「URLが変わった」というのに該当するわけです。
年を重ねるに連れて忘れっぽくなります。それは、記憶と記憶を結ぶリンクが少なくなっていると考えることができます。
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